ことばのほとり

新規テミンペンのゆるいオタ日記

テミン『Guilty』MV感想|エロティシズムとトゥルーマン・ショー|私達はみんな共犯者

テミン『Guilty』MVが10M Viewsを達成👏

増えたかと思えば減り、減ったかと思えば増え…やっと、という気持ち。
一方で私が注文した『Guilty』アルバムは入荷遅延しているらしく手元に辿り着く気配がない。我が家にはCDを再生する機器はないので急いでないんだけど、初動売上に貢献できたかだけ気掛かり。

さて、今回は『Guilty』関係の記事をいくつか読んだのでそちらと合わせてしつこく『Guilty』MVの感想を。いつもに増して抽象表現のオンパレードです。

 

 

テミン『Guilty』MV感想|エロティシズムとトゥルーマン・ショー|私達はみんな共犯者

今回参照したのは下記。ご覧のとおり全てnot 日本語なのでここはPapagoさんに頑張ってもらいました。

📝『Guilty』記者懇談会インタビュー

v.daum.net

📝キム・ウク総括ディレクターインタビュー

v.daum.net

📝大衆音楽評論家キム・ユンハ氏批評

ch.yes24.com

📝イギリスの音楽総合サイト「NME」インタビュー

https://www.nme.com/features/music-interviews/taemin-guilty-shinee-interview-3530007

インスピレーションソースはバタイユの『エロティシズム』

『Guilty』総括ディレクターのキム・ウク氏によると『Guilty』のメインテーマはテミン自身の提案によるもの。

今回のアルバムの大きなテーマはテミンが'エロティシズム'という意見を出したことから始めました。ビデオに直観的ではなく自然に、テミンが融合させるのが一番大きな課題で、ミュージックビデオを担当するユジフヮン担当のアイデアに急速に確立することができました。
引用:태민의 ‘새로운 리즈’ 어떻게 완성됐나 “포장되지 않은 미와 멋 중점”[총괄디렉터 인터뷰]

 

またテミンは

 「このミュージックビデオはジョージ·バタイユによるエロティシズムという本からインスピレーションを受けました」と彼は付け加える。 「タブーを破ることについて多くのテーマを扱っており、これが自分の音楽にどのように反映されるのか、そして自分がその中に入れた視点について考えました。 例えば、肌を見せることはまだタブーなので、男性出演者がシャツを引き裂いて群衆が熱狂するとき、そのタブーを破るという概念を理解して取り入れたかったのです」
引用:Taemin on ‘Guilty’: “I think it's more attractive to make the negative look beautiful”

とも語っている。

 

で、私はもちろんバタイユなんて履修していないので、分かりやすく解説してくださってるサイトより引用させてもらいました。

エロティシズムの本質
本書におけるバタイユの中心のポイントは、エロティシズムの本質は禁止の侵犯である、という点にある。なぜ私たち、特に男性は異性に対してエロティックな欲望をもつのだろうか。それは相手が禁止された存在であるからだ。なぜ私たちは美を欲するのか。それは美をけがすことに喜びを感じるからだ。禁止がなければエロティシズムは成り立たない。そうバタイユは論じていた。
引用:バタイユ『エロティシズム』を解読する | Philosophy Guides

もうこの解説にすべてが詰まっていると思う。
エロティシズムが成立するためには前提として「禁止されること」が必須ということ。

テミンがインスタストーリーで🍎スタンプをよく使っていたのは「禁断」を伝えたかったのかも?テミンはこうも話している。

「ある人に魅力を感じるということは、あるタブー視されている小さなことを破ることから始まると思います。例えば、私が踊りながらある表情をしたり、ある動きをする時に反転的に感じられた時、人々に魅力的に感じられると思いました。」
引用:[현장EN:]클리셰 깨기 or 강화…태민의 과감한 한발 '길티'

テミンはテミンがこれまで築いてきたクリシェ(典型)、観客が彼のパフォーマンスに期待するであろう像(官能性、ジェンダーレス、神秘性など)に自覚的だ。またそれらが禁域に接していることも。今作『Guilty』ではその禁域にさらに足を踏み入れたと言う。

"この「ギルティ」という曲を通じて、もう少し果敢に行って、どこかクラクラする線まで行って、人々との駆け引きをしたいのです。 ”
引用:同上

その象徴とも言えるのが例の"お腹の方から始まって服の中に手を入れて首を握るポイントダンス”であり、振付師のキャスパーなどと共同作業しながら表現のレベルを絶えず議論したと述べている。

今回のアルバムで一番よく表現された部分がまさにポイントダンスです。(中略)「もう少し行ったらやりすぎだったかもしれませんし、または私ではなく他の方々がやればまた違う感じだったかもしれません。それでも私がやった時、もう少しギリギリの、ちょうど行く直前まで見せた部分ではないかと思います」
引用:同上

禁止の侵犯は確かに甘美だが同時に「罪悪感」をもたらす。
その罪悪感の出処は実は階層化されている。
表層としては「アーティストの肌を見てしまい、そのことに悦びを覚えた自分」、そのさらに下層に「アーティストを性的搾取している自分」「アーティストを見世物として楽しむ自分」「愛とエゴを混在させている自分」がある。

人生なんてショーだ『トゥルーマン・ショー

「NME」のインタビューでテミンは1998年の風刺ドラマ『トルーマン·ショー』と自分の人生を比較している。

ちなみに『トルーマン·ショー』についてはネタバレしてしまうと作品の魅力を大いに損なってしまうので、今後『トルーマン·ショー』を観る予定の方はここで読むのを止めてください。

(以下、ネタバレありの「トゥルーマン・ショー」あらすじ)

人生のすべてをテレビのリアリティショーで生中継されていた男を描いたコメディドラマ。離島の町シーヘブンで生まれ育った男トゥルーマン。保険会社で働きながら、しっかり者の妻メリルと平穏な毎日を送る彼には、本人だけが知らない驚きの事実があった。実はトゥルーマンは生まれた時から毎日24時間すべてをテレビ番組「トゥルーマン・ショー」で生中継されており、彼が暮らす町は巨大なセット、住人も妻や親友に至るまで全員が俳優なのだ。自分が生きる世界に違和感を抱き始めた彼は、真実を突き止めようと奔走するが……
引用:トゥルーマン・ショー : 作品情報 - 映画.com

 

いつかのWラでテミンは「過去の僕の恥ずかしい画像やビデオなんてどこにでもあるし」みたいなことを言っていた。なんとなく諦観があったと思う。

「映画の中で、ジム·キャリーはみんなが最後まで彼を見ていたことに気付きます。 私は12歳の時にSM(エンタメ)に来て、トレーニングをしていた時期やデビュー、成長していた全ての瞬間が多くの人に共有され、見てもらえたので共感します」
引用:Taemin on ‘Guilty’: “I think it's more attractive to make the negative look beautiful”

 

これを踏まえてテミンが定義する「愛」について知ると何とも言えない気持ちになる。

テミンの愛の定義はこうです。 「様々な形があります。 両親から受ける愛、恋人や彼氏からの愛、ファンからの愛があります。 しかし、犠牲は常に存在し、誰かを犠牲にするように促すこともまた愛です」 誰も望んだり期待したりしない愛の影の側面を認めることは、彼が時間とともに得た知恵である。 「歌手になって得られることはたくさんありますが、同時に諦めなければならないこともたくさんあります。これらはこのシングルで強調したものです」
引用:同上

 

『Guilty』MVではテミン自身がまるで犠牲者のようにふるまったり、やむなく他者を犠牲にするシーンが挿入される。
マイケル・ジャクソンに憧れた幼い少年がアーティスト「テミン」になるために払った犠牲、それを強いた事務所、スタッフ、何よりテミン自身と、それを是としたファン。

愛とエゴは紙一重。事務所はアーティストを商品として売らないといけない。テミンはアーティストとして生きていくために他者と競争しないといけない。ファンはアーティストを応援する名のもとに金と時間を投資し、自分の理想(欲望)を投影し消費する。

あの官能的なポイントダンスをきっかけに、アーティストを取り巻くあらゆる愛の罪を暴くことこそがテミンにとって「禁止の侵犯」かもしれない。

禁断の果実を一緒に食べよう

と言ってもテミンは自分含め誰の罪も糾弾していない。ここにあるのはそういう愛なんだと囁きかけて共犯者であることを自覚させているだけ。

テミンの思惑通りなのかは分からないが、SNSでは『Guilty』のダンスチャレンジを望むファンの声があとを絶たない。合法的に推しの腹チラを拝めるチャンスだからね。この欲望こそ『Guilty』で歌われる愛なんだと思う。

 

その他の感想はこちら▼

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